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長岡まつり大花火大会の復興祈願花火フェニックス。信濃川の夜空一面に広がる金色の花火

HANABI · 2 分

長岡の花火、慰霊と復興の夜。Nagaoka: fireworks as a prayer

撮影: Cp9asngf / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

8月1日に祈り、2日と3日に空を仰ぐ。長岡の花火は、空襲の記憶と復興の願いをいまに伝えている。

長岡の花火の起源は、明治12年(1879年)の千手町八幡様の祭りにさかのぼるとされます。大正15年(1926年)には「正三尺玉」の打ち上げに成功し、長岡の花火を象徴する大玉となりました。

昭和20年(1945年)8月1日、長岡空襲によってまちの8割が焦土と化し、1,489名が犠牲となりました。その1年後の8月1日に「長岡復興祭」が開かれ、昭和23年からは1日を戦災殉難者の慰霊の日、2日と3日を花火大会の日とする形が定まりました。

平成17年(2005年)には、前年の新潟県中越大震災からの復興を祈り、全国からの支援への感謝を込めた復興祈願花火「フェニックス」が打ち上げられました。

長岡花火財団は、長岡の花火を「慰霊・復興・平和を祈る」花火と位置づけています。夜空を見上げる数十秒のあいだに、まちの記憶が受け継がれていく。長岡の夏は、そうした時間でもあります。

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